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松葉ジュースの元祖!! *松爺*

松葉ジュースの元祖、75年以上も松葉ジュースを愛飲

松爺の健康で生きる秘訣
起床は不定期、健康の秘訣はとにかく自由で在ること。自然に逆らわないこと。自然に逆らって、見栄張って無理するから病気になるんだ。起きたい時間に起きる、食事は2食にすること、塩分は控えること。

松爺の食事
朝食:餅2切れ・松葉ジュース200ml・岩泉ヨーグルト ・果物
昼食:松葉ジュース200ml
夜食:米を1合炊いて、半分食べる。レタス(昆布つゆをかけて)・松葉ジュース200ml・焼き魚をたまに食べる。
夕食の後は、7時ころから布団でお釈迦様の本を読み始めて、そのまま知らないうちに寝てる。

松爺の口癖

とにかく松葉ジュースは間違いない。
俺は松葉ジュースでここまで生きてきたんだから、
松葉ジュース様々だね。
松葉を粗末にしたら、罰があたるよ

松爺と呼ばれ、20年間(76〜96歳)まで、松葉ジュースを作って配り続けた。

松葉ジュース作り、一度決めたことは、最後までやる事!!
平成9年(1997年)77歳から小本で施設を貸してもらい、ボランティアで松葉ジュースを作って配達しました。一時は、500mlのペットボトルで200本も作っていた時期もあります。その頃は7キロもの松葉を1日がかりでジュースにして、それから配達して歩きました。
岩手県岩泉町は松茸の宝庫でもあります。自然の薬が至る所にあるのです。松は、若木なら上から3段目の枝までは残して置いて、下の枝の葉をいただきます。そうすればいつまでも葉を取ることが出来ます。

松の葉の紹介(松爺著 自分史より抜粋)

私は96歳になりました。大正9年(1920年)の生まれです。
小学校5年で学校を辞めてから、宮古の菊池さんで使われて、育てていただき
小川の炭鉱の給料をクライスラーで運ぶ運転手をしたり、林業の仕事では昭和21年(1946年)に初めて会社を興したものの
ブローカーにだまされ、百円持って東京に出たのが昭和29年(1954年)です。
時代の波に乗って会社を次々と持ち、稼いだり、つぶしたり、波乱万丈に生き抜きました。平成9年(1997年)に生まれ故郷の小本に戻りました。どこにいても心の中には、小本がありました。
この歳まで生きてこられたことを感謝しつつ、
今までの人生を本にまとめたいと思い、自分でワープロに向かい、何百枚もプリントし集めた資料と大事なものを新しい住居に持ち込みました。

・・その一週間後、(2011年3月11日)まさか、あの大津波に全て持っていかれるとは。。

それから5年も過ぎました。
私の頭がはっきりしている今、記憶の中から多くの人々の顔を思い浮かべながら手を合わせて感謝しながら記します。

松爺(96歳)  2016年9月1日発行 制作 泉編集室  岩手県下閉伊群岩泉町岩泉下宿39 岩泉舎吉せん

松爺 享年 100歳 令和3年1月12日

松爺の松葉ジュースで多くの方が救われ、松葉ジュースが欠かせないものとなった有志で松葉友の会@岩泉ができました。松爺の松葉ジュースは、後世に伝えられていくでしょう。ご冥福をお祈りします。

松爺へ

あれは、2年前(2019年)の夏に八ヶ岳西岳に朝鮮五葉松の生態調査に訪れた時の宿で、「おお!こんな方がいるんだ!是非みんなで会いに行こう」と盛り上がりました。
それが、松葉友の会@岩泉の「松爺」の記事でした。20年間も毎週、多いときは200本もの松葉ジュースを配られていた事、それで多くの方を救われた事は、これは、絶対に松を広めなければと思う活動のきっかけでもあります。
松爺と直接お会いすることは叶いませんでしたが、心から感謝します。ありがとうございました。 合掌

お松を愛する会,女松の会より