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松と日本人 (前) 日本の松の緑を守る会編/ 昭和56年発行

「松と日本人」発刊のことば

経済団体連合会会長 稲山嘉寛 古来より松は、防風、防砂、防潮林、松茸林として、他の樹木には代替できない効用をもち、また、建築、土木、燃料用材として、私たちの暮らしの実用面に、密接な関係を持ってきました。
また、風景、庭園、盆栽、いけばな、絵画などの美的、芸術的素材となり、人々の生活に情緒、風情を与え、情操を豊かにしてまいりました。そして、詩歌俳句にも多く含まれ、瑞祥木として、祝い事に用いられるほか、その果実や針葉は薬用や嗜好品としても用いられてきております。。。しかし、その松が、昭和二十一年ごろから、山林や庭園、名木、老樹などが枯死し始め、。。。
この現象は、まさに自然破壊に伴う、新しい国難と称しても過言ではありません。日本人の心の象徴として賛美された、この松を資源として活用しなかったとがめと解したいと思います。。。
本冊子は、第一回全国大会を記念してお寄せいただいた玉稿から

松と日本人の心 (同会顧問/松下電器産業(株)相談薬) 松下幸之助

和を貴ぶ、衆知を集める、主座を保つと言うことが、独自の風土、歴史の中で培われてきた日本人の伝統の精神の中心をなすもの、日本独自の風土や歴史の中で培われてきた日本人の伝統の心というものは、松の木の存在と同じく、否定しようとしても否定できない厳として存在しているものである。

松とパルプ 同会相談役・理事/東洋紡績(株)相談役/呉羽紡績(株)元社長 伊藤恭一

戦後は紙パルプ事業にも関係し、何十万石の松を原料として使った罪の供養の志を得て、日本の松の緑を守る会に参加しました。山や海岸の多いこの日本の国には、黒松、赤松の保存管理こそ国民に与えられた試練と受けとめようではないか。

松と社寺 同会相談役・理事/京都大学名誉教授/みどり研究所所長 農学博士 岡崎文彬

下鴨神社の境内は、ムクノキ、エノキ、ケヤキなど巨樹でおおわれて松といわず、針葉樹はほとんど見当たらない。これに対し上賀茂神社の背景には、御神体である神山があり、神山はほぼ全域がアカマツでおおわれている。
境内には拝殿前の盛砂の先端に松葉がさしてある。かたやアカマツ、かたやクロマツの針葉で男神、女神が降臨される葉が盛砂であり、そのファースト・ステップとして松葉を置くのだという。

 

古歌に詠まれた松 同会相談役・理事/(株)大和銀行顧問(元会長) 峯村栄薫

わが国の古歌には、松を詠じたものが極めて多く、正しく日本は松の国だと思いを深くした。国歌大観(角川書店)によると、松を詠んだ古歌は、萬葉、古今、新古今、千載、捨遣、続古今、続千載、後捨遣ほか、いわゆる二十一代和歌集全般にわたり、数えるにいとまがないほど多く、松独特の常盤なる緑に対する愛着の深さもまた、この国の詩歌に高いを築いているといっても過言ではない。松に因んだ作は、「松のみどり」「松かげの」「まつかぜぞ吹く」「松のあらし」「松のちとせ」その他、松ーまつーあると待つに掛けたものなどまことに多い。日本文芸とその伝統形成において、松がいかに縁深いかが、かさねて思い直される。
立ち別れいなばの山の嶺におふる松とし聞かば今帰り来む
常盤なる松のみどりも春くれば今ひとしほの色まさりけり

松と緑地 同会常務理事/(財)日本造園修景協会副会長 大阪芸術大学教授 加藤一男

緑は人間を含めて、あらゆる動物の生命維持の源であり、地球上の緑の喪失は、種の絶滅につながることは明らか。緑の増減は、人間の生活環境に重大な影響を与える。この人間のと運命共同体の緑の保全と育成は、二十世紀に生きる世界人類に課せられた大命題となっていることは、当然のことである。

私が恐れるのは、この松枯れ現象は、やがて国土の森林の潰滅につながる引き金になるのではないかということである。松の緑を守るということは、単に松という樹木の一品種の生命を守るという単純な発想ではなく、人間性の回復のために、人間の生活環境を守るという基本的な理念なのであろう。
人間性を喪失しようとしている松枯れ災害は、正に「国難」と言わざるを得ない。

松とレクレーション 同会理事長/積水化学工業(株)顧問 三成利男

松とリクレーション、そして森林療法について考える
昭和五十年、積水興産(株)社長在任のとき、日本フィールドアスレチック協会の主として関西の一翼を担い、二十数箇所のコースを設計・施工した。これらの大部分は松林か松を主力とする里山であった。例えば、仁川の赤松林、岬公園の黒松林、志摩海岸、六甲カンツリークラブ、芦屋奥池など松の里山である。松林が森林スポーツに貢献してきた。”環境優先・自然に帰れ”高度経済成長によって広がった人心の空洞にやすらぎを与える松林と丸太が求められてきた。森林のフィットンチッドが人間の健康回復や静養に大いに役立つことが実証されはじめている。トドマツの葉から発散される揮発性物質は、ブドウ球菌、連載球菌、ジフテリア等の微生物を殺す作用のある物質でフィットンチッドと呼ばれ、実際に松林で殺菌されている空気が見られるという。。。
松林の中の空気にはほとんど細菌は含まれていない。フィットンチッドは、空気中の微生物層に影響を及ぼすだけではなく、地面に近い大気層のイオン化を促す。この酸素のイオン化の程度、特に負の小イオンは、人間の健康にとって身体の活動の改良に役立っているという。松類は多くのテルペン系物質を保有しテルビン油を揮発するせいか、その樹幹の下では多くの植物を拒否し下草の生育がほとんどないが、オランダイチゴだけはむしろ松の下では活発に生育する。マツノマダラカミキリは初めは健全な松から発散されていたβビネンに誘引されていたが、散乱期頃になると、異常木からの他感物質に誘引されて移っていき、そこで産卵を始めるようになると言われている。。。
スイスは山を徹底的に利用している。国土の三分のニを占める日本の山地や森林に森林スポーツや森林療法のみならず、これからの日本の活路を探り、新しい東洋のスイスとするためにも。まず国家的公木である松を守りきることが肝心であると考える。

紀州と松 同会常務理事/日本商事株式会社社長 垣本喜代治

和歌山市から海南市野上町を経て遠井峠の「大師袈裟懸けの松」天災を鎮め、五穀豊穣の守り髪として現在も村人の信仰が厚い。私も子供の頃、両親に連れられてお参りをした記憶がある。

この峠から清水の方へ進むと、遠い谷へ行く絶壁の難所の岩山の上に1本の大きな松が垂れ下がり、村の人達は「龍王さま」と恐れをなしている。この古道の改修工事で岩と松を切り取らねば、道路の拡張ができない。村人達の工事人が後難を恐れたので工事が進まない。
そこで祈祷師に頼み、「龍王さま」にお許しを乞う祈願をした。そうすると竜王さまから「この龍王の松を切らせてやる代わりにお前の生命を、向こう3年の後にはないものと思え」との神示があった。その後工事は無事に完了したが、この祈祷師は医師、薬石の効なく、1ヶ月余り床に臥したまま、この世を去った。
いかに文化が進み、けっこうな世の中いなったとはいえ、大自然が母体である山を愛し、緑を愛し松を愛するのも、皆心のやすらぎを求めているにほかならない。私はせめて今ある天然記念物の松だけでも保存するために、活動したいと思っている。

神代より 松のみどりの めでたしを まもりはげまん もろびとよ

松と造園 同会理事/ (社)日本造園建設業会会長 内山忠雄

日本人は生まれながらにして松の緑と親しみ、「白砂青松」や「山紫水明」といわれる優れた自然景観の中で育った。日本三景といわれる「天の橋立」「松島」「宮島」も主木は松である。
松はマツ科の植物で一般に日本人が「松」という場合はクロマツかアカマツを指しているが、マツと名のつくものには次のような種類がある。
クロマツ(オマツ、黒松、男松)
アカマツ(メマツ、赤松、女松)
ハクショウ(シロマツ、白松)
アイグロマツ(アイノコマツ、相黒松)
タギョウショウ(多行松)
ダイオウショウ(大王松、大葉松)
ヒメコマツ(ヒメゴヨウ、姫小松)
ゴヨウマツ(キタゴヨウマツ、五葉松)
リキダマツ
テーダマツ
ストローブマツ
松は日本の自然と緑を代表する樹木であり、とくにクロマツは海風や潮害にも強く寒暖にも耐えるので、北は北海道南部から、南は九州全土にまでよく成長している。
アカマツは内陸部にあって、とくにヤセ地に堪え、その樹幹の美や枝葉の変化の多いことなど、クロマツとともに庭園樹や公園樹として最も多く用いられて来た。
松は美しき祖国日本の象徴であり、日本人の心にやきついている故郷の自然の姿でもある、わたくしたちは、もっと松を大切にしなければならない。

松と「十かへりの花」同会常務理事/農水相林業試験場前保護部長/日本植物病理学会元会長 農学博士 伊藤一雄

松は古来、人間生活に最も身近な樹木であった。。当時の科学水準から正当な説明がづけはできず、自然界に起こった奇異な現象、あるいは瑞祥とうけとめられてきたようである。明治時代以降、科学的に検討されて、「松の甘露」はこぶ病、「入梅松」は葉ふるい病、「黒松の天狗の腰懸」は天狗巣病などである。「甲子夜話」にある「十かえりの花」とは正常な花ではなく、肥大化した芽の集団を花とみ誤ったものである。。。それにしても古人が、きわめてまれな現象として珍重し瑞喜した「十かえりの花」の正体が、松の病気だとは。。科学とは、なんと夢のないものであろうか。

つづきは、松と日本人 (中)(後)をお待ち下さい